●日時:5/27(金)
●場所:アメリカ村BIG CAT
●出演:広沢タダシ/千綿ヒデノリ/世理奈/Tammy
(SAB STAGE)kyo-suke

音楽祭のような、数名のアーティストがひとつ時にひとつ場所で開催されるライブの際、アタリハズレ、好き嫌い、ともすれば休憩時間!と耳を休めるアーティストがいたりすることはよくあるパターンである。でも、今回の「ウタのチカラ」は耳も心もフルにステージにもっていかれてしまった。
Tammyではじまり、千綿ヒデノリ、世理奈、広沢タダシ。そしてステージチェンジの合間にはKyo-suke。全くもって違う楽曲にステージング。でもそれは、前菜、スープからデザートで締めくくるような、いわゆるフルコース的感覚ではなく、例えば、全部パスタ!という意味だ。ペペロンチーノであったりボンゴレであったり、ペスカトーレであったりと、それぞれ味の違う、あるひとつの料理が次々にサーブされた感じに似ている。
その、あるひとつの料理こそ、表題にもなっていた「ウタのチカラ」。「チカラ」とは、テクニックじゃなく、伝えたいことを秘めた世界が形になって現れたものであり、その根っこは「音楽をする楽しさ、音楽への愛しさ」が必ずあるのだと思う。その「チカラ」が、会場のパイプ椅子に腰掛けた一人ひとりに、素直に音楽に向き合わせ、音を耳にす~っと染み込ませ、チカラの粒となって身体に蓄積させる。だから、出演者の一人が「この歌がみなさんの明日からのチカラになってくれれば」的な、棚に飾られたような言葉も、全く違和感なくその場に馴染んでいったのだろう。
さて、ライブの内容をちょっと具体的に言及すると、まずは私がデビュー時にライブを体感している広沢タダシ。当時「レコード会社に監禁されて曲づくりの毎日です」と、嘘かホントかそんなことを語っていて、業界と呼ばれる渦中に放り出され、痛々しささえも漂っていた音楽児のイメージがあった彼。が、今回、独自のセンスと音楽路線をコツコツと守っている楽曲に、「ラブハンドルズ」をステージに呼び寄せるなどの余裕をみせ、一方では変わらぬ「天然な間」がある MCなどなど、音楽界では着実に昇っていきつつも(たぶん会場の半分以上は彼のファンだ)、彼の放つ不器用そうな空気感は健在だった。独特の歌詞&メロディーは、例えバンドを携えたステージでも、やはりちょっと気を許せば泣きそうになってしまうほどに、ほろ苦く、切なかった。

さて、もう一人、音楽で生活を築きつつある広沢タダシとは対照的に、まだメジャーデビュー間もない世理奈。Tシャツとジーパン、そこらのねえちゃん!風にして、照れを隠せず横を向きながらのとぼけたMCとは裏腹に、ウタは貫禄。楽曲もブルージーなものありポップスあり、気ダルサを含みつつサラサラとのびてゆく声。短い時間で多彩な表情を魅せてくれた。曲の合間に「私は普段、陰(イン)な方なので~」と笑いながら言っていたが、ウタを聴けばそれは嫌でも滲み出てるぜ!と言いたかったのは私だけ?(いい意味でね)。
世理奈の言葉ではないが、今回出演したアーティストの楽曲はどれも、いわゆるいろいろな意味での「陰」を持ち合わせている自分を承知している「大人」が、じっくりじっくり聴きたいものばかりだったように思う。もちろん、夜に。もちろん、ひとりで。だからこそ、瞬間の快楽以上に、未来に小さく寄り添ってくれるような余韻が残ったライブとなり、「ウタのチカラ」を借りて毎日を生きる「大人」には心地よく、それはクセになりそうな味わいだったと、この場で告白しておきたい。



